本当は誰かに語りたい



誰かに語りかけている



常に語りかけている





自動思考ってあるでしょう

意識しなくても勝手に頭で考えていること





あれが俺の場合ずっと誰かに語りかけてるように感じる





いつからかな


夏くらいからかな



意識的な場合もあるし

自分の意思とは関係なく無意識に何かを語りかけている場合もある





その対象は親しい知り合いのようであり、知らない人のようであり

人のようであり、もはや人ではないものようであって








語る手段も


言葉のようであり


言葉の形を成さないもののようであったり






もう自分の感情を言葉に置き換える必要がない




そんな使わない能力が廃れていくのは当然のことで



自分の感情や認識したことを言葉に変換することの煩わしさ

言葉で感情が何割あらわすことができるか

何割伝えることができるか








伝わらないからといって

言葉を並べ立てれば、一つ一つの言葉が軽くなり

結局は余計に伝わらなくなる








それ以前に

言葉に変換される前の前駆体

それだけが真実で

それが意識上に浮上したとき、

感情はよくできた模造品になるんじゃないかとも思う














伝えたいことがある







今でも何人かの顔が浮かぶ







毎年年末になると連絡がくれる人がいた



今年は誰からもこない





・・・・






正直ホッとしている






ということにしておく






今日も誰かに語りかける



断片的な言葉と言葉にならないものの構成



自分では

伝えることができているつもりだ





誰に?


誰かに





一人暮らしが長いから


外出中でも

たまに

独り言を発しちゃう







しかも

誰かに語りかけるように







危ない人だと思われちゃう


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